閉じた瞼の裏から眼球の奥に染みわたるように、光の粒子が降り注ぐ。温かい熱を運びくる太陽に包まれる今だけは、負った重さも少しだけ、ほんの少しだけ、軽くなると思うことを許してくれ。……カノン。光の向こうでは、耳に心地よい、今は馴染んだ名を呼ぶ声が、聞こえるような気がする。かつてはサガの口にしか上ることのなかったその名は、今は己自身を名指す、俺の一部である。目を開ければ、また現に戻ろう。空高きを駆ける太陽のもとで、女神を、聖域を、お前たちが守ったものを守っていこう。だから。 カノン。 降り注ぐ光と声に誘われるように目を、開く――。 そこには、暗い石造りの天井が広がっていて、己を覆う光は見当たらず、……ああ、だが、これが太陽の光だ。俺の太陽は、青い光を湛えて、すぐ、そばから見下ろしていて。名を呼ぶ。忘れもしない、声で。忘れられるはずもない、瞳で。 「カノン」 衝動を抑えきれずに腕を持ち上げたと同時に、指先から肩、体幹に広がる鋭い痛みに顔を顰める。はっと何かを言おうとした男を緩く笑った瞳で制し、止まった腕をあと僅かに、のばす。触れた頬の感触は、その存在を、触れられるものとしての確かな存在を示していた。そうだ、光でも熱でもない、お前は確かにここに在る、と。 「ずっと、目を覚まさなかったんだ、お前は」 焼けただれた皮膚の感覚、動こうともしない体、走る電撃のような痛みを感じる足が、本当にまだ腰の先についているのかさえ確かめる術はない。息を吸うたびに、肋骨が軋み悲鳴をあげ、自然浅く速くなる呼吸に、ただ胸が詰まって苦しい。だが、呼吸のせいだけではなく詰まった胸の奥の空洞は満たされ、心臓の裏は、もう疼かない。 「ミロ」 目頭と鼻の奥に込み上げる何かに堪えて、数ヶ月ぶりに口にした名に、懐かしさと、譬えようもない慕情を乗せる。二度と、呼ぶことはないと、思っていた名に。 「何故お前が泣く」 上から見下ろしてくるミロの顔に動く表情はなく、だが触れられた顔を避けようとはしなかった。それからしばし、瞬きもなく見詰めあっていた青い瞳を、俄にぐっと閉じ、力なく頬に添えられていた手を、上からきつく、握りしめて呟いた。 「待ちくたびれたぞ、カノン」 俯いた顔の脇から、一房の柔らかい巻き毛がこぼれ、近づく二つの顔を隠すように寝台の上に落ちた。 双児宮の刻は、今、動き出す。 |
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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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