押し殺しきれない荒い息遣いが、しんとした空気に漏れて吸い込まれる。ミロは背筋を伸ばして高い天井を虚ろに見上げながら、浅く息を吐き出した。下肢の間に感じる熱と快楽は、纏わりつく粘膜の刺激で更に高みへとのぼろうとする。あがり続ける体温を鎮めるように、冷えた空気を胸に深く吸い込んで、ミロは自らの中心に埋まる頭に視線を落とした。片手で軽く後ろ髪を掴むと、肩にかかった髪が流れ落ち、汗ばんだ素肌が露わに剥き出された。
 月と星の薄明かりに照らされた裸の背中が、石の寝台に浅く腰掛けたミロの下で、ゆらり揺らめく様は、淫猥というよりも神秘的ですらある。それは、石の床に膝を折り、跪く男の裸体が、ギリシャ彫刻の傑作の如き造形をしているが故か。あるいは、普段の精悍な顔つきからは想像もできない、陶然とした表情のためか。まるで、その行為を許されたことに、至上の歓びを感じているかのように、敬虔と倒錯が混じりあう。後ろ手に縛られた手首に引く赤い痕さえ、一枚のイコンを完成させるのに欠かせない差し色かと錯覚させる、厳かで生々しい光景。神をも手玉に取ろうと目論んだ男が、ひたすらに愛の許しを乞うてくる姿は、肉と精神にもたらされる甘美な疼きとなって、ミロの支配欲と嗜虐心を、同時に満足させた。
 ミロが後ろ頭を掴んでいた手に力を込め、僅かに上を向けさせると、口に含んだままのものが中で喉を押し上げたのか、少し苦しそうに歪められた碧眼と目が合った。しかし、苦痛を示す瞳の奥には、濡れた欲望が隠し切れずに映っている。隠せるつもりもないのかもしれない。自らの全裸を晒し、秘めた劣情を暴かれ、心臓の裏側を覆い隠す一片の衣さえ奪われて、見透かされる。見下ろす青い光に射抜かれる度に、燃え上がる炎に身を焼かれ、躰の芯から震えが湧き起こるのは、歓喜のためだということを、カノンもその支配者も知っていた。

 不意に、ミロが笑う。心臓を掴まれ、くっと軋んだ音をたてたように、カノンには感じられた。
 唐突に強く髪を引かれ、口から滑り出たものは、カノンの唾液とミロの零した液体で、うっすらと光っていた。なおも降り注ぐ視線は、神経を浸食する麻薬か毒薬のようで、それから逃れたいと思うことすら忘れさせる。現実に施された戒めよりも、遥かにきつい束縛が、カノンの全身を縛り上げていた。
 カノンを見ていたミロの瞳がゆっくり下へと降り、ぴたりと下肢の中央で止まった。それから、睨めるように蠢いた。無言の時間は永遠を思わせ、見られているという意識が、カノンの体の反応をより鋭敏にさせる。
「俺のを咥えて興奮していたのか?」
 くっくと喉の奥にくぐもる笑い声が、蠱惑的に脳髄へと響き、びくりと震えたカノンの先端から、じわりと滴が滲み出た。カノンのそこは、もう随分と前から、腹に張りつき行き場のない熱を持て余していた。ミロは一段と笑みを強くし、息がかかるくらいの距離まで顔を近づけ、囁いた。
「自分で触れなくて辛そうだな」
 つと、足先がカノンの中心を遊ぶように掠める。カノンは思わず呻き声をあげ、身を強張らせた。突然与えられた直接的な刺激に、身構える余裕など無きに等しい。ミロはカノンのその反応が気に入ったのか、足爪に滴り落ちようとするものを掬い上げ、塗りつけるように撫でまわした。それまで溜めていたものが溢れ出る感覚に、反射的に身を引こうとしたにもかかわらず、カノンには、たった数ミリも体を動かすことが出来なかった。許されなかった、というのが正しい。見詰められると石と化すという魔物よりも、遙に強く美しい、主たる者の青い瞳に魅入られて、体を操る自由は奪われていた。カノンが葛藤している間にも、ミロの足は裏筋を撫で上がり、二本の足指がくびれに寄った皮をはさんで、敏感な部分を締め上げる。徐々にエスカレートしていく足の動きに、息がつまり目の裏がちかちかする感覚を覚えながらも、ただ、腹と下肢の筋肉を痙攣させて、カノンは耐えた。ぽたりと落ちた雫で、冷たい石の床が濡れる。汗と、それ以外のものと。
 最後に、足の裏全体でカノン自身を腹に押しつけてから、ミロはカノンを解放した。昂ぶった自身を残して形の良い脚が引いていくのを、カノンは安堵と未練を含む溜息をもって見送った。この脚が、つい今しがた自身を苛み、翻弄していたのだということが、カノンをたまらない気分にさせる。ミロは、見せつけるように大きく足を組み直し、カノンの鼻先に突きつけた。
「お前は何が好みだったか。俺にはわからん趣味だからな」
 細かく動く爪先が誘う。ミロは少し首を傾げて、わざとらしく言った。
「腕を解いて、自分でするのを見ていてやってもいいが」
 そして、にやりと悪戯な笑みを浮かべた。
「ああ、お前はそのまま放っておかれる方が興奮するんだったか」
 そろそろ耐えるにも限界が来ている。こうやってミロに焦らされるのも、一部ではカノンの性癖を満たすのだが、体の方は解放を求めて身悶えんばかりである。
 カノンは答える代わりに、揺れるミロの趾先を軽く食んだ。踝からむこうすねへと辿り、大腿に口唇を這わせる。足の付け根の内側をきつく吸うと、そこに、赤い花弁が咲いた。
「カノン、俺が欲しいんだろう?」
 笑った口元が、ゆっくりと言葉を吐く。
「ならば、どうすればいいか、分かるな?」
 下される宣告は、神の啓示に等しい。視線を幾度も絡ませた後、カノンは目を伏せて、濡れたミロの先端を口に含んだ。満足そうに目を細めるミロの下で、カノンは舌を使って器用に屹立したものを絡め取り、口腔内へと収めていった。精神に食い込む縄の下では、手の動きを封じられた不自由さも、限られた器官に許された自由と錯覚する。唇と舌と粘膜と。他を遮断し、一点に感覚を研ぎ澄ませ、カノンは深く行為に没頭していった。
「………っ…ぁ……」
 柔らかい部分を甘く噛んでは、緩急をつけて吸うと、ミロの息にも微かな声が混じり始めた。どんなに尊大な神でも、若い雄の反応は素直だ。鼓膜を震わす声も、カノンにとっては媚薬となる。大きさを増したそれを更に深く咥え込み、唇ではさみ上下に動かせば、外側の皮膚が芯を押し出す。押し出された先のくぼみに漏れ出た苦みを、カノンは舌先で舐めとった。
「…ぅ、あッ……」
「っ、……!」
 塞がれていなければ、同時に声を上げていただろう。高まったミロが無意識に投げ出した足が、隠されているカノンの部分を蹴り上げた、が、痛みよりも快楽が勝る。ミロの内股が細かく引き攣れ、下肢の振動が足先を伝って直接カノンの中心へと響く。
 もう限界が近い。それは、ミロも同じだった。カノンの髪に差し入れられた手が、与えられる感覚に耐えるように動く。カノンが強く吸い上げたのが先だったか、それとも同時か、カノンの頭を抱え込むように背を丸めたミロが、深く腰を突き入れてきた。口の中の雄が弾けて、吐き出された精を受け止めている間中、一際強く中心を踏みしめられながら、カノンは酔った。自らの神を感じさせている実感を、身をもって感じられる悦びに。

 昂揚が駆け抜け、静寂が降りる。
 上気した頬と熱く速い息遣いは、快感を得た確かな徴。ミロの瞳は、射精の余韻にまだ潤んでいた。
 カノンは耐え難くぶるりと身を捩り、乞うように一段と身を低くした。腰を折ると、それだけで屹立した先端が腹に擦れ、もどかしい刺激を腰に運ぶ。カノンの中心は、燻ったままである。
 脱力して床に放り出されたミロの足先に、カノンは口付けを落とした。
 従属と懇願。乞う者と施す者との間に交わされる、契約のための儀式。
 胸を蹴られるに任せ、抵抗せずに、カノンは仰向けに転がされた。中心に下された足は、今度は意図をもって生き物のように動く。じっくりと練るように。小刻みな振動を与えながら。時に踵で無遠慮に弄られたかと思うと、ばらばらに動く趾先でやわく掴まれ、息が止まる。波打つように擦り上げるスピードが速まるにつれ、急速に高まっていく感覚から、カノンに逃げる術はない。逃れる必要もない。カノンに残されたのは、与えられる刺激を享受することのみである。
 全身の筋肉を強張らせて最後の瞬間を待つ間も、ミロを求めて、カノンの瞳は彷徨った。求める青い光を見つけた時に、決壊は訪れた。強烈な快感が全身を走り抜け、電撃のように末端へと抜ける。踏み込まれた足の裏に押し潰されて、痙攣を繰り返す吐精の快感と、その一部始終をミロに見られている背徳的な昂揚感。真っ白になった頭の奥の痺れが、名残りを留めて消えていった頃には、せり上がる解放の熱を、ミロの足に飛び散らせた後だった。
 達している間も、カノンに逸らすことを許さなかったミロの瞳は、全て終わって弛緩した躰を横たえるカノンの目を、未だに離そうとしなかった。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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