「で、結局できてんのか? あいつらは」
 デスマスクが誰のことを言っているのか、主語がなくても明らかである。最近の、聖域懸案事項なのだから。
「まだそんなこと言ってるんですか」
 ムウは些か呆れたように答える。
「だって気になるじゃねえか。よりによってミロだぜ? あいつが大人しく組み敷かれてやるとも思えねえんだよ」
「私が呆れているのは、そこじゃありません」
 話にならないとでも言いたげに、大げさに首を振って見せるムウに、デスマスクは口をとがらす。脇には、いるのかいないのか気づかれにくいが、一応シュラもいる。本日の聖域飲み会参加人数、三人。
「じゃあなんだってんだ?」
「あなたが未だにそんな段階か、ってことです」
 ちらりと横目で見る顔は、明らかに馬鹿にしているとわかる顔である。デスマスクの眉がピクリと動く。が、ムウの次の台詞に言葉を失った。
「できてるに決まってるじゃないですか。あなたの目はふしあなですか」
「決まってるって、お前……」
 横を向けば、シュラが無言で頷いている。そうなのか? こういうことに疎いとばかり思っていたシュラが、さも当然の如くムウに同調する様子に、デスマスクは自分の常識がずれているのか俄かに不安になった。が、それよりも、デスマスクは直前のムウの言い方が気になっていた。
「じゃあ、何が問題になってるんだ」
 ムウは、わが意を得たりという顔つきをした。
 思えば、この時が歴史の動いた瞬間であった、と、遠い目をしてデスマスクは後に語ったという。
「今の旬の話題は」
 一呼吸置いてから、かっとムウの目が見開かれ、ごくりとデスマスクはつばを飲み込む。
「どっちが下か、ってことです!」
 ドォォォーーン。
 喪黒○蔵の効果音が聞こえた。たぶん。
「い、いや。それはやっぱり、ミロなんじゃないか?」
 どうにか平静を保ちつつ、デスマスクはなんとか言った。
「どうしてそう思えるんです? さっき貴方だって言ったじゃないですか。よりによってミロが、って」
「いや、そりゃそうかもしれねえがよ……。じゃあカノンが下に敷かれてるのなんざ、もっと想像できねえだろうが」
「できませんか。想像力ないですね。いいですか、先入観を排除して考えてみてください。たとえば繋がり眉毛相手だったらどうです? 黒兄相手なら?」
 なんでそこにあいつらの名前が登場するのか、てか眉毛って誰よ。分かるけど。そう言いたかったが、ムウは聞いちゃいなかった。
「思い出してみてください。翼竜にやられて地べたに這いつくばっているシーンを。黄金聖衣フル装備のサガに、生身で殴られて萌えたり、冥界編での双児宮から教皇の間への直撃後に、四つん這いでやたらはあはあしていたり。十分素質はあるでしょう」
 何の素質かは聞いてはいけない。
「では、ミロはどうです」
 やはり聞いちゃあいなかったが、無視するのはコワイので、当たり障りのなり返事をする。
「あいつはもともとノーマルだぜ……」
「そんなことはこの際どうでもいいんです!」
 どうでもいいんだ。
「カミュや氷河相手ならどうだというんです!?」
 デスマスクはすでにここから逃げたかったが、すぐさまテレポーテーションで追いかけてこられそうで諦めた。
「その辺は、人によってどっちもありだと思うんだが」
 初めて口を開いたかと思えばそれか!? シュラに驚愕の目を向ける。もう声にはならないので、以下はデスマスクの心の突っ込みである。
 誰にとってだ、誰に!
「まあ、確かに最近では諸説ありますね」
 何の諸説だ!
「そして、原作をよく見てごらんなさい。贖罪スカニーのシーンです」
 スカニーっていうな。
「跪いて涙を流すカノンと、見下すミロを……」
「だああああ、分かった、もういい。ミロが上でカノンが下でいいよ、俺はもう!」
 というか、どうでもいい。
「あなたはいったい今まで何の話を聞いていたのです」
 出来れば聞きたくなかったが。で、なに? 俺はまた何をいわれようとしているんだ。
「ですから、ミロはSで、カノンはMだと言っているんです! ここには上下以上の、複雑な問題があるに違いありません」
 思慮深そうにうなずくムウは、声が聞こえていなければ、確かに思慮深く見えることだろう。
「カノンがミロにいくのには、そういった深いわけがあるのです」
「なるほど」
「何がなるほどだ、じゃあなにか? あいつらが夜毎にSMプレイでもしてるってのか? カノンが裸で縛られて跪いて鞭でうたれてるとか、自分でするのを見られて悦んでるとか、放置プレイで身悶えてるとかいうのかよ!!」
「鞭ではなくて針かもしれんぞ」
「そういうこと言ってんじゃねえ!!」
「あくまで可能性の問題です」
 泣きそうなデスマスクに、ムウはにっこり笑っていった。
「ですから、調べてきてくださいね」
 ぽんとワインのボトルと渡された。
「どうやら今二人で天蠍宮にいるようです。時間も良い頃合いですし、酒でも飲もうとさりげなく装って、遠慮なく躊躇なく踏み込んでください」
 こんなことに小宇宙を使っていいのか。まさか聖域の夜事情をすべて把握してんじゃないだろうなこいつは。背筋に寒いものを感じつつ、デスマスクはこれほどこの男が怖いと思ったのは、白羊宮入口に入れてももらえず冥界に出戻りくらった時以上だと思っていた。
「だって気になるじゃないですか」
 またの名を、師匠譲りの無茶ぶり笑顔。

 結局すったもんだの結果、その日調べに行くことはデスマスクの超絶な拒否によって断念された。が、その後デスマスクは、カノンを見かけるたびに想像してしまった光景がフラッシュバックして、いけない気分になったという。こんなことなら、ズバッとさくっとお前らどっちが突っ込む方? とミロに聞いて真紅のデコピンをたたき込まれた方がましだったかもしれないと、深く後悔したとかしないとか。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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