V.星に導かれた者たち


「そろそろ、こっちもいい加減にどうにかしてもらいたいんだがな」
 どれくらいそうしていただろうか。考え事をしている時間は、幾らかミロの方が長かった。声を掛けられてはたと目を上げると、苦笑をこぼすカノンの顔が、ミロを見守っていた。
 再び視線が合うと同時に、間でぱちんと何かが弾けた。悟って身構えたミロを、カノンが寝台と腕の中に閉じ込めたのも、ほぼ同時だった。
「お前は!」
「こんな回りくどいことをしなくても、ミロ、お前にだけ出来る、もっと効果的な方法があるだろう」
 黄金聖闘士最強の双子の弟である。いつまでもリストリクションで縛っておけるとは、ミロも端から思ってはいない。抑え込まれるかと思ったところ、カノンはあっさりとミロを放し、今度は緩く丁寧に、片脚を下から抱え上げた。足の甲に、す、と口唇を落とす。ピクリと反射で足先が跳ねた。
「お前はただ、俺に命じればいい。動くな、と。俺はそれに従おう」 
 緩くではあるが、手放す気はないらしい。カノンの口が足の皮膚の上をなぞり、爪先にもう一度、恭しく口付ける。
「どの口が言う」
 カノンに脚を預けたまま、ミロは軽く顔を顰めた。こそばゆい感触が駆け上り、肌を泡立たせる。しかし、嫌な感覚でない。
「“よし”の命令は聞き逃さないんだ」
「言ってないぞ」
 ちらりと横目で流してきたカノンの視線は、悪戯っぽく光っていた。この表情も、カノンの持つ顔の一つだ。
「お前の目は言っていた」
 たまにとても腹立たしいが、この顔も嫌いではない。答えないが否定もしない。ミロは、フンと鼻を鳴らしただけだった。

「さっき言ったことだが」
 口付けの合間、カノンが、不意に真剣な顔をして言った。
「やはり、出来ないかもしれん」
 ずっと考えていたのだろうか。自分自身に確かめるように、思案気な声が語る。
「共に滅びようとしても、俺の体はお前を生かす。俺の魂がそう望んでいるからな」
 ミロはその横顔を無言で見ていた。怒りは湧いてこない。嬉しさはある。そして、やはり、一欠片の落胆もあった。だが、口を開かず、カノンの横顔を見続けていた。
 と、また急に、カノンが笑ったような気がした。ミロが感づいて逃れようとするよりも早く、カノンが上に覆いかぶさってきた。すっぽりと腕の中に収められては、もう身動きは出来ない。
「が、共に、昇天する心地を味わわせてやることは出来るかもしれんぞ」
 悪い笑顔の方である。ミロの下肢の間に躰を割り込ませ、押しつける意図は、分かりやすい程明らかだ。
「星々が砕けるのが見たければ、見せてやる」
 互いの昂ぶりを密着させれば、自ずと熱は上がっていく。毒づいてやろうかと思ったが、やめた。今日はこれ以上、他愛のないことで引き伸ばさずに、もう、その熱の中に埋もれてしまいたい。ミロの方も、おかしなところに足をとられて、十分焦れている。それに、足をとられたおかげで、求めたい気持ちはより強く高まっていた。体を焦がすというなら、それでもいい。でも、生きて、こうして触れ合って、熱を伝え合えることは、なんて貴重なことだろうか。
 カノンは、素直に背中に腕を回してきたミロを、少しだけ訝しむ様子を見せ、すぐにしっかりと抱き返してきた。
「星々か」
 カノンの広い背に回した腕に力を込め、ミロは呟いた。
 本当に、忌むべき事ばかりだっただろうか。いくら切りたくても切れない繋がりとは、切れることを恐れずにいられることでもある。繋がっていると信じているから、安心して、いくらでも離れていられるというものだろう。
「星は導くものだ。だが、道を選び進むのは、己自身だ」
 カノンは一瞬だけ、不思議そうにミロの顔を覗き込んで、それから、破顔した。
「ああ、俺もちょうど同じことを考えていた」
 絆とは、たぶん、そういうものを言う。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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