Two the same


「どうしてもと言うなら、貰ってやらんこともないぞ」
 相変わらず前触れもなく唐突なことを言いだすミロにも、カノンはもう大分なれていた。かといって、何を言っているのか理解できるかというと話は別である。どうせこういう時は、考えたって無駄なのだ。特殊な思考を推察するより、尋ねてしまった方が遙に早い。
「お前に頼み込んでまで貰ってもらいたいものが、俺にあると思うか?」
「まだるっこしい言い方だな。言いたいことははっきり言え」
 自分のことは棚に上げて、仁王立ちの腕組み姿勢で、上からカノンを見下ろして言う。大変理不尽なものを感じながらも、怒らぬ自分は根気がいいのか、単にミロに甘いだけなのか、言い返すのも馬鹿らしいので、カノンは大人しく従うことにした。
「……何か欲しいものでもあるのか?」
 おそらく"甘い"の方だろう。もしくは頭が上がらない。特別譲歩のつもりだったが、ミロのお気には召さなかったらしい。
「つまらん男だ。どうせ聞くなら理由の方を聞け」
 というより、わからん時点で失格だ、と不愉快そうにそっぽを向いた。どうやら気づかぬうちに、地雷原にいたようだ。カノンは首をひねってはみたが、どこに埋まっているか分かるわけではない。そもそも、なぜ自分が踏み込んだのかも謎である。
 不愉快そうにはしたものの、機嫌が悪いわけではないとみえる。ミロはカノンの隣に腰を下ろして、持ち前の尊大さを前面に出して言った。
「俺の生まれた日を祝わせてやる。有難く思うのだな」
 なるほど確かに、今日だった。失敗したなと迂闊な自分を省みつつも、カノンは意外に思っていた。ミロが誕生日の祝いなどに、興味を持つとは思わなかった。
 多少驚きはしたものの、もともと要領はいい男である。失策を取り繕うべく、次の方策を叩き出す。なるべく神妙な表情をつくり、ミロの上体を引き寄せて、至近距離で囁いた。
「お前の方から、欲しいと言ってくるとは思わなかった。応えんわけにはいかないな」
 近すぎる顔や甘い声も、なれてしまえばどうということはない。ミロは身じろぎもせずに答えてみせた。
「気付いていた風を装うな。邪な小宇宙がだだ漏れだぞ。そういうものは、別にいらん」
 ばっさり切って捨てるミロに、カノンが言い返せるはずもない。素直に謝ったほうが傷は浅いかとカノンが思案しているところへ、更に言葉が被せられる。
「星がいい。双子座の星を貰おうか」
 冗談とも本気とも読めない顔つきで、これはまた対処に困ることを言い出した。深く碧がかった目を見開いて、カノンは青い双眸を見返した。
 夜空を見上げて星を贈る、そんなロマンチストでは絶対にない。自分は言うまでもなく、ミロだってそうだ。本物の星など贈れるわけもないのだから、まさかというか、当然というか、言っているのは、守護星座のことなのだろう。が、しかし。それなら尚更やると言ったからどうなるものでもない。だいたい双子座に関して言うならば、その星はサガのもので、自分のもとにあるものではない。カノンにとってはすでに答えの出たもので、これに関する不毛な議論を、サガはもとより、誰を相手にもしたくはなかった。
「方法はお前に任せる」
 カノンの困惑をよそに、ミロは大儀そうに付け加えた。
 鷹揚な言い方とは裏腹に、微かな期待が見て取れる。もしかしたら面白がっているだけなのかもしれないが、青い瞳の奥の輝きがいつもより明るく見えた。
 意図は量りかねるうえ、言いたいことは色々あったが、自分の心中に拘って面倒な理屈をこねまわすのもまた、大人気がないように思われる。お前の星が欲しいと言われれば、悪い気はしない。確かに複雑ではあったのだが、せっかくの誕生日だ、本人がいいというのなら、喜ばせてやりたいという気持ちがわずかに勝った。
 気まぐれな遊びに付き合うだけだ。
 カノンはため息を一つ吐き出してから、左手でミロの顎を軽く引き、口唇の上に落としてやった。舌にのせて口移しで、しばらく絡ませ合った後、最後吐息を吸いとってから音も立てずにゆっくり離れた。
 実もなければ気も乗っていない。多少の後ろめたさを感じていたが、ミロが大層満足そうに頷いたので、こんな嘘なら安いものだと、カノンも和んだ気になった。
――と、ミロはふいににやりと笑って立ち上がり、正面に回ってカノンの両肩に手を置いた。なんだ、と見上げたカノンが瞬きするよりも速く、カノンの額に触れてきた。受け取ったばかりの舌先で、印を落とすように押し付ける。
「お前にやる」
 返すとはいわない、言葉遊び。見下ろす瞳は幾分悪戯っぽい色を湛えていて、片側だけが上がった口元にはいつもの笑みが浮かんでいた。
「双子座の星だ。お前のもとにも今はある」
 聖闘士にとっての守護星座、双子座の星はサガのもので、俺のもとにはそれはない。何をしたって事実は変わらず、何より俺の納得を覆すことなど出来はしない。
 だからこれはお遊びで、気まぐれな遊びに付き合った。
 言いたいことは色々あったが、声になってはくれなかった。やけにおずおず回した両手を、ミロは拒みはしなかった。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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