by ゆいま様


僅かに身震いして、ミロは覚醒した。
寒い。
いつもの癖でブランケットを肩まで引っ張り上げようとして、それがないことに気づく。

・・・?

寒さに弱いミロは掛け布団だけでは足らずに冬場は必ずブランケットを一緒に使うのだが、今日はそれがない。
心地よかった微睡から急速に抜け出し、ミロは確かめるように自分の身体に視線を落とした。

何で俺は服のままで寝たんだったか・・・

記憶を遡りながら少し伸びをして身体を捩る。

「起きたのか。」
ずいぶん低い位置から声がして思わずミロは驚いて声をあげた。
声がした方向を探す。
そこにはベッドに背をもたれさせ、片膝を立てて床に座り込むカノンの姿があった。
「・・・・・・なにやってんだ、お前。」
「よく普通に起きられるな、お前は。」
ミロの疑問に答えずに、カノンは呆れた声を出してベッドの上のミロを振り仰いだ。

そうか。
そう言えば、コイツと呑んだんだった。

言われてみれば頭が少し痛いような気がする。ようやく昨夜の記憶が甦りはじめ、だが、甦ると同時に新たな疑問が湧く。

「お前・・・ホントに何やってんだ・・・その恰好どうした。サガの真似か?」
ミロの疑問はもっともだった。
カノンは肩にブランケット(お前が取ってたのか)をひっかけてはいるものの、(よく見えないし見たくもないが、多分)全裸だった。まるで追剥にでもあったような風体だ。

「・・・好きでこんな恰好してるのはサガ一人で十分だ。お前が原因だ。」
「なに?」
カノンが服を着ていないことが何故俺のせいになる。
これが女だというなら、ああやっちまったと思うところだが・・・
・・・・
・・・・
・・・・嘘だろ?そうなのか?
「俺は・・・やらかしたのか。」
「ああ、そりゃもう。俺も悪かったが、止める間もなかった。おかげでこっちは下着まで濡れた。」
「・・・服着たままだったのか。」
「ああ。出したお前はすっきりしただろうが、こっちは後処理が大変だった。」
「そ、 それは・・・なんというか・・・その・・・すまん。・・・こういうこと言うのは反則だろうが・・・俺にその気はない。その・・・アレだ。酔ってたから氷河と間違った・・・間違った、というのはお前に失礼かもしれんが・・・。酒のせいってことで許してくれ。・・・俺は乱暴にはしてないよな?傷つけてたら謝るが・・・。」
気まずそうな顔で、途切れがちに言葉を選んで窺うように言うミロセリフの途中からカノンの腹が小刻みに震え出し、最後についにカノンは堪えきれず笑いを爆発させた。

氷河と間違ったって・・・お前、もしかして、俺を抱いたと誤解したな?

ミロの形のよい眉が歪められ、笑い転げているカノンを不審に見返す。
「・・・なんで笑う。」
「・・・くっ・・・くくくっ・・・・わ・・・悪い・・くくっ・・・違う・・・別に俺はお前に抱かれてないから安心しろ。」
「は?・・・・おい、よくわからんぞ!じゃあ俺は一体何をやらかして、それで何でお前は服を着てないんだ!」
ミロはまだ肩を震わせて笑うカノンの頭を小突いて、いつまでもうるさいぞ、と黙らせた。
カノンは酸素を求めて喘ぎ、目尻の涙をぬぐって振り返った。
「全く・・・お前ときたら、酒の席での失敗といったらそっちしか頭にないのか。日頃の生活態度が思いやられるな。」
「お前に生活態度のこと言われるようじゃ俺も終わりだ。じゃ何なんだ一体。」
次第にミロの言葉に苛立ちの色が混じり始めたことに気づき、カノンはどうにか笑いを止めて言った。
「まあ、お前が原因だが、そもそもは俺の判断ミスだ。お前が酔って寝たから運んでやろうと思ったんだ。しこたま飲んだ後に肩に抱えたもんだから、腹が圧迫されて、お前は吐いた。気づいた時には俺の背中はぐっしょりだ。」
それは。
そっちはそっちでいたたまれないと言うか申し訳ないと言うか。
酔って吐くことなどめったにないのだが、そのレアケースがよりによって人の背中とは。
「・・・すまん。」
「いや、俺のせいだ。どうせ酒しか収めてなかったから濡れただけだ。まあ、ボトル2本分だから量はあったがな。・・・それだけ人の背中を濡らしておいてお前が無傷なところがお前のお前たる所以だな。着替えを借りようかと思ったが何しろ下着まで濡れたんでな。すまんが勝手に洗面所に干してある。」
洗面所に情けなく一枚だけ干してある下着をミロが思い浮かべた瞬間、カノンと目が合い、二人は同時に吹き出した。
しばらく、腹を抱えて痙攣のような笑いを爆発させる。

もうこれ以上は笑えない、というほど笑った後で、ミロがカノンの身体ごとブランケットを引っ張り上げた。
「それでお前は床で寝たわけだ?バカだな。寒いだろうが。狭いベッドじゃあるまいし、最初からこうしてれば俺も寒くなかったのに。」
ミロはカノンが肩にかけたブランケットを、カノンごと背中から抱き締めるように頬ずりし、あーこれこれ、冬はこれに限る、と呟いている。

笑いごとじゃなかったな、そういえば。

「・・・いい機会だ。素面の時に言っておいてやろう。お前はちょっと隙がありすぎる。」
急に渋面を作ったカノンに、ミロは再び、は?と不審げな視線を向けた。
「俺の気持ちは知らないわけじゃないだろう。」
「・・・まあ、聞いたかな、そういえば。お前が本気なら、という仮定だが。」
カノンはミロの上に覆いかぶさるようにぐるりと体をまわして、彼の身をベッドへと沈めた。
両腕を拘束するように体重をかけてもミロはちらりとそれを一瞥しただけだった。いざとなれば振りほどく自信があるのだろう。
「本気だ。昨日のお前の立場が氷河だったとしてみろ。お前ならどうする。」
「そりゃ・・・寝た時点でこっちのもんだろう。少なくとも俺は床では寝んな。」
「俺だってそうしようと思えばできた。隣に寝て何もしない自信はない程度には俺も男だからな。かといって吐いた後の酔っ払いをほっとくわけにもいかんから床に甘んじてやったんだ。俺の鉄の意志に感謝するんだな。昨日のお前は小娘以下だった。」
いくらなんでも小娘以下ってことはないだろう、とミロは憮然とした表情を返す。
そして憮然としたまま不貞腐れたように言った。
「世話をかけたことは謝るが、何もなかったからって感謝なんかせんぞ。なくて当然だ。俺にはそっち側は無理だ。抱きたいならほかを当たるんだな。同じ側の俺たちじゃあどうもならん。」
「昨日はカミュと三人で仲良く、などとずいぶんなことを言ってたわりに頭が固いな、お前は。どちら側か議論することに意味はあるのか?氷河はどちら側なんだ。そしてそれは、本人が最初からそれを望んだ結果か?」
ミロはしばらく考え込み、不意に視線を上げた。その瞳がいたずらっぽく揺れている。
ミロは、抑え込まれていた腕をやはり易々と振りほどき、勢いよく身体を反転させてカノンを下に組み敷いた。
「そういうお前はどうだ、カノン。どちら側であるか意味などないと言うのなら、お前にもその覚悟はあるんだろうな?まさか自分だけは例外ですとか言うつもりはないだろうな。お前の想いとやらの覚悟を今見せるか?覚悟があるなら抱いてやらんこともない。」

カノンは微かに笑って目を閉じた。
「いいぞ。好きにしろ。」

まさか肯定が返ってくるとは思わなかったのだろう。ミロからの返事は相当に時間がかかった。
カノンの上に跨ったまま、呆然と意味を考えているのか、両手の戒めもいつの間にか緩んでいる。
「・・・いいのか。」
「何度も言わすな。お前がどうしてもそっちがいいならそうさせてやろう。」
「経験あんのか、お前。」
「あるわけないだろう。お前だからさせてやるんだ。」
「お前・・・・すごいな。」
素直にミロに感動されて、カノンはくつくつと笑った。
「どうした。しないのか?」
「俺が好きなのは氷河だぞ。」
「何回も聞いた。」
「お前、それでいいのか。言っとくけど俺は抱いたからって情が移ったりはしないぞ。」
「俺を氷河と呼ぶか?それでもいいぞ。」
「・・・それは無理がありすぎるだろう。お前ほどの男が誰かの代用扱いなんかで甘んじるわけがあるまい。何をたくらんでいる?」
「別に何も?何年もサガの影だった男だぞ、俺は。今更、小僧の代わりにされたくらい、小虫が刺したほどにも堪えんさ。」
「だが、お前」
「さっきからごちゃごちゃうるさいぞ、ミロ。怖いのか。」
「怖いものか。お前のために訊いてんだ、俺は。」
「それだけごちゃごちゃ訊けるなら、氷河にも同じように訊いてやれ。お前ときたら毎度毎度、バカの一つ覚えみたいに強引にセクハラまがいの口説き方して、あれじゃあ、氷河も」
「うるさい、黙れ!」
カノンの言葉をミロは唇で遮った。
そうしておいて、自分でそのことに驚いたように怯んだ。だが、それも一瞬だった。
自棄なのか条件反射なのか、重ねた唇の間からまだアルコールの香る舌で輪郭をなぞるように辿り、そのまま、下唇をはさみ、ゆるゆると吸い上げる。
カノンは退路を断つように、ミロの頭を押さえつけ、唇を開いてミロの舌に応えるように自分のそれを柔らかく絡ませた。
互いに主導権を奪い合うように、舌を絡ませ、唇を貪りあう。
半ば成り行きで始まった行為ではあっても、それは互いの熱を上げるのに障壁とはならず、次第に触れ合う粘膜からもたらされる甘い刺激に、二人を包む空気が淫らに変化する。

ミロの唇が熱い吐息をひとつ返し、それはカノンの顎から首筋にむかって下りていく。
そして肩のところまでくると、不意に何かを抉るように舌で皮膚を押した。

爪痕を。

スカーレットニードルの爪痕をなぞったのだとすぐにわかった。
撃った本人にしかわからないほどの微細な紅い爪痕だ。
カノンの予想通り、ミロはその後も、肩に胸に残る爪痕を一つ、また一つと舌で辿って降りた。
二つ・・・五つ・・・・十二・・・・十四。
そして、ミロは右の脇腹へ舌を這わせ、不意に動きを止めると、身体を起こした。

熱に浮かされていたようだったミロの瞳が急速にその熱を失っていく。
ミロは片手で顏を覆い、そのまま髪をかき上げた。
「駄目だ、カノン。お前じゃダメなんだ。」
カノンはゆっくりと腕を組んで頭の下に差し入れ、ミロの言葉を待つ。

「アンタレスだ。・・・・俺が氷河に拘る理由。」

それだけ言ってミロは黙ってカノンに背を向けた。

その背が寒そうに震え、カノンは同じように身を起こして、後ろから包み込むように抱き込んだ。
ミロはカノンの躰にもたれるように、四肢を弛緩させ、ため息をつく。
「アンタレスだ、カノン。氷河にあって、お前にはないもの。」
「・・・わからんな。ただの傷痕だろう。」
「ただの傷痕じゃない。アンタレスは・・・致命点だ。アレを受けて生きているなんてありえないんだ。」
「でも氷河は生きているだろう。」
「だから、だ。アイツ、あんなに細い躰して、からかったらすぐ赤くなるような可愛い坊やなのに、戦場では全然違うんだ。ものすごく強いってわけじゃない。なのに、信じられないくらいの意志の力で前に進み続けるんだ。あれは・・・驚異的だった。俺はあの命を手に入れたい。俺の星を刻んだあの命は、だから、どうあっても特別なんだ。覆ることはない。」

お前もまた、星の宿命に囚われてる一人だというわけか。

カノンはミロの肩口に顔を伏せた。
「アンタレスがないからお前は駄目だ、とか・・・・どうも納得できんものがあるな。俺にアンタレスを撃つのをやめたのはお前じゃないか。自分でやめておいて、ないから駄目だと言われてもな。」
「馬鹿か。言っただろう。アンタレスは致命点だ。あの時、撃ってたらお前は今ここにはいない。」
「わからんだろう、そんなこと。氷河が見せた根性を俺も見せたかもしれんぞ。」
「そんな特別がそうそうあってたまるか!!それじゃあ致命点とは言わん。だいたい、お前に撃ったのはいつもより3倍痛いヤツを撃ったんだ。アンタレス撃ったら間違いなく死んでる。」
「なんだ、そのいつもより3倍痛いヤツというのは。」
「言葉通りだ。お前あんなのよく14発目まで耐えたな。最初の1発で死んでもおかしくなかった。それだけで褒めてやろう。」
「全く・・・お前という男は・・・。」
カノンはミロから離れて、脱力するように項垂れ、それからくつくつと笑い出した。
真顔で冗談を言ったのか、それとも真実なのかはわからないが、ミロは「悪いな。そういうわけだから、抱いてもやれん。諦めてくれ。」と、どことなくばつが悪そうにベッドにどさりと身を投げ出した。
まるで自分がそうされるのを望んでいたように言われて、ますますカノンは笑った。

別に本気で抱かせてやろうなどと思っていたわけではない。
お前がどんなふうに氷河を抱くのか興味があっただけだ。

その言葉は言わないことにしておいた。

今日のところは仕切り直し。
そういうことでいいだろう。

カノンはベッドに転がったミロの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように撫でてゆっくりと立ち上がり背を向けた。


**

洗面所で、乾いていた洋服に袖を通して、じゃあ、帰るからな、と再び寝室をのぞくと、ミロも、ああ、と気だるげに起き上がり、カノンを見送りに立った。
「カノン。次から普通に来い。」
「普通に?」
「だから・・・わざわざ、氷河が宝瓶宮に来ている時を狙わずに、呑みに来ればいい。そういう時だけ来られるのは慰められているようで好かん。・・・というか別に酒と言う口実もなくていい。好きな時に来い。」

気づいていたのか。
つくづくお前は何も考えてないようで機微を見るのに聡い。

そういう性格だから、傷ついてないようで実は相当に傷ついている気がして、放っておけない堪らない気持ちにさせられる。

カノンはミロに向き直り、片手でその頭を引き寄せると、僅かに驚いて開かれた唇にキスを落とした。
抵抗されるまで、のつもりで触れていたが、いつまでもそれが訪れないことに訝しく思いながらも、ならば、と、少しずつ深く侵入すると驚いたことにミロはカノンの舌に応えて同じように絡めてきた。
先ほどの続きとばかりに、激しく長く互いの口腔を貪った後、ゆっくりと離れると二人の間を銀糸が繋ぎ、それは重力に従って弧を描くように落ちてやがて切れた。
「・・・誘ってるのか、お前は・・・?」
「そうじゃない。下手じゃないならキスまでは許す。別にお前のことは嫌いじゃない。」

それは。
またずいぶんと境界を許されたものだ。
喜んでいいのか悪いのか。

「そういうのを誘ってるっていうんだ。」
「そうか?じゃあ、次は再起不能にしてやるから覚悟しておけ。」
極端な男だ。
笑うしかない。


ミロに背を向けて宮を抜けながら、だが、カノンは自分の気持ちが僅かに変化しているのを感じた。

ゆっくり待ってやってもいいと思っていた。
どうあってもあの師弟の関係は崩せない。
ミロは諦めるしか道がないのだから。
だが、ただの気まぐれで年下の可愛い坊やとやらを構っているだけではないのなら。

そろそろ甘やかしてばかりもいられまい。

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拍手
Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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