星の詩(うた)Dby ゆいま様「・・・あれ?カノン・・・?」 きょとん、とした顔の氷河がカノンの顏を見てしばらく考え込み、それから数歩下がって宮の入り口まで戻って、自分が通過しようとしたのはどこの宮であるのか確認するために上を見上げた。 天蠍宮、だよな、ココ? 氷河の内心の疑問に答えるようにカノンが笑った。 「そんなキツネにつままれたような顔をするな。お前がいるのは天蠍宮で間違ってない。久しぶりだな。またカミュのところに来たのか。」 氷河はそれでもまだ不思議そうな顔をして、カノンの後ろをおそるおそる窺っている。 「心配するな、ミロならいない。カミュのところへ来たのなら、今はカミュも不在だぞ。二人で教皇の間に呼ばれている。今度の任務の相談だろう。」 「ああ、それで先生・・・」 白羊宮まで迎えに来てなかったんだ、と氷河は思ったものの、それを口には出さなかった。 勝手知ったる十二宮だ。迎えなどなくても困らない。 ただ、ほんの一秒でも早く会いたい、と思う気持ちが、いつもの出迎えがないことを寂しく思わせた。 だが、そんな心の動きをカノンに知られるのは恥ずかしく、だから、その後、カノンがどうせ今上がってもカミュはいないのだからここで話し相手になって行け、と言った時、はい、と即答した。 本当はカミュが戻ってきた時にすぐ会えるように宝瓶宮で待っていたかったが、それを気取られて、子ども扱いされるのは嫌だった。 カノンはしぐさで氷河を宮の奥へいざない、勝手知ったるキッチンを使い、氷河にコーヒーを淹れてやった。 ソファへ腰を下ろした氷河の前にカップをひとつ置いてやり、自分もその隣へと深く腰掛ける。 カノンの動きを目で追っていた氷河が当然のように疑問を口にした。 「ずいぶん慣れてますね。」 「時々来ているからな。」 「仲・・・いいんですか?」 「妬けるのか?」 「まっまさか!!な、なんで俺がっ。」 氷河の顏が瞬時に赤くなる。 カノンの言葉に、以前、ミロにキスをされていたのを見られていたのを思い出したのだ。 動揺して、何か言い訳を、と言葉を探しながらカノンの顏を見たが、そこに、思いのほか冷めた色の瞳を見つけて何故か背中がすうっと冷たくなった。 氷河は言い訳するのはやめて、ただ俯く。 しかし、つむじのあたりに視線が定められているのを感じて、沈黙していることも落ち着かず、自分から再び口を開いた。 「あの・・・ミロがいないのにここで何を・・・?」 「別に何も。たまたまわたしがここへ訪れた時にミロがちょうど出るところだったんだ。すぐ終わるだろうからお前はそこで待っとけ、自分の守護宮がないんだからどうせ暇だろうと言われたんでな。大人しく留守を預かってやってる。」 氷河の眉根が歪められる。 お前はそこで待っとけ、だなんて・・・。 ミロの奴、カノンのこと、そんな、犬を扱うみたいに。 それに、守護宮がないなどと。 「あなたには双児宮があるじゃないですか。」 「あれはサガの宮だ。わたしのじゃない。」 「・・・?でも、今だってサガは教皇の間にいるのでしょう・・・?双児宮でよく見かけるのはあなたの方です。だから、あなたの宮です。」 「いるからといって、わたしの守護宮とは限らない。そんなことを言うなら、お前だって宝瓶宮に月の半分はいるじゃないか。それにムウや老師はどうなる。ほとんどいないぞ。いるかどうか、ということと守護宮かどうかということは無関係だ。」 そう・・・なんだろうか。 一瞬納得しかけたが、それでもなんとなくカノンの言っていることは詭弁のような気がした。 そこまで自分の宮ではない、と言い張る理由が氷河にはよくわからない。 サガとカノンと二人の宮、ということでは駄目なのだろうか。 いや、カノンがそういうふうに言うのはいい。真の実力がある者だけが持つ、自らの力をことさら誇示しようとしない鷹揚さがそうさせるのかもしれない。 しかし、だからと言って、ミロまでもがそんな風に言うことがやはり氷河には不満に思えた。 「でも・・・だとしても、ミロは、あなたに対して敬いが足らないと思う。」 怒ったように唇を尖らせて言った氷河を思わずカノンはまじまじと見た。 「敬い・・・?」 「だって、あなたはミロよりずっと年上なのだし、それに・・・ものすごく強い。」 カノンは苦笑して氷河の頭を撫でた。 思ったより髪の毛の感触が柔らかく、それは、日光をまだ多く浴びていない新芽のようで、子どもっぽく唇を尖らせている氷河の表情を、いっそう幼く縁取っているように思えた。 「でも、一度は悪に堕ちた身だ。敬われるほどの人間ではない。」 「そんなの・・・過去のことでしょう。過ちは誰にでもあると先生もいつも言ってます。冥界でのあなたは誰よりも忠実な女神の聖闘士だったじゃないですか。俺たちは何度もあなたに救われました。・・・あなたはミロよりずっとずっと人間だってできてるし・・・アイザックだってあなたのことは一目置いていて慕っているようだし・・・だから・・・。」 カノンは思わず眉間の皺を深めた。 こんなふうにてらいなくストレートに認められることには慣れていない。素直に、可愛い小僧だと喜ぶべきところなのかもしれないが、どうもやりにくい。 ミロがするように、ぞんざいに扱ってくれた方が居心地がいい人間もいるのだということが、この素直な少年にはまだわからないことだろう。 守護宮に対する想いも、冥界でのカノンの想いも、理解するにはまだまだこの少年には人生経験が足らないだろう。ミロが理解しているかどうかは不明だが、少なくとも、女神のために命くらい懸けて当然、特別褒められるべきことではない、という認識ではいるだろう。 少年の中の自分の虚像を壊したい衝動が不意にカノンの中に湧き起こる。 俺はそんなに立派な男ではない。 例えば・・・そう、ミロのためならお前が少々傷つくのは平気なくらいには外道だ。 「氷河・・・お前はわたしが好きか?」 氷河は、え?と首をかしげてカノンを見返した。 突然に風向きが変わった質問の意図はわからないものの、質問の意味自体はわかったので、ええ、もちろん、尊敬しています、と答える。 「では、カミュのことはどうだ。」 「・・・もちろん尊敬してますけど。・・・・なんですか、急に?」 「でもカミュへの『好き』とわたしへの『好き』は同じではないだろう。」 「それは・・・でもまあ似たようなもんだと思いますけど・・・。」 「似たような?ではお前はわたしに抱かれてもいいと思っているのか?」 ちょうどカップに口をつけていた氷河が、ごほっごほっと激しくむせ、みるみるうちに顔を赤くさせた。 カミュとの関係まで知られているとは思っていなかったのだろう。 あそこまであからさまな態度を取っておいて、誰にも知られていないと思っていることが不思議だが。 「そ、それ、は、ち、がいますけど・・!」 「どう違うんだ。」 「だ、だから・・・別にあなたに抱かれたいとかそういうことは・・・」 「よし。抱かれたいと思うのはカミュだけ、と、そういうことだな。」 氷河は赤い顔で俯いて、抱かれたいとかそういうわけではなくて・・・と小さく抗議していたがカノンはそれには取り合わなかった。 受け入れられなかった反論が宙に浮いた形になって、氷河は困ったようにカップを置いて両手の爪を何度も擦った。 そんな様子を横目で見て、カノンはさらに問うた。 「それなら、ミロのことはどう思う。」 「え?ミロ?」 「尊敬しているか?わたしを好きなのと同じように好きか?それともカミュを好きなのと同じように?」 氷河は自分の両膝をソファの上に引き上げ、その間に自分の顏を埋めるように蹲った。 くぐもった小さな声で返事がある。 「尊敬はしてるけど・・・好きじゃない。意地悪だし。」 「好きではないのに抱かれてみたいとは思うのか?」 「な!ち、ちがいます!!そんなこと思うわけない!!」 「なら、何故もっと抵抗しない。」 「え?」 「ミロに好き勝手許してるだろう。」 「あれは・・・許してるわけでは・・・だって・・・ミロが勝手に・・・」 「でもお前だって聖闘士だ。本気になれば拒絶できる。そうしないのは、わたしはてっきりお前はカミュもミロも両方を手玉に取りたいのだと思っていたのだがな。」 赤かった氷河の顔がだんだんと青ざめたものに変わる。 拳をきつく握りしめ、細い肩を震わせている様はさすがに痛々しく、まだ年端もいかない少年に酷な言葉を次々に投げつけている自分に嫌気がさしたが、だからと言ってやめる気はなかった。 カノンは、じわりと氷河との距離を詰め、震えている肩を強く押して、ソファの上へとその体を押し付けるように倒した。 混乱と驚きで硬直する細い躰を、自分の重みだけで易々と押さえつけ、な、の形に開かれていた唇に咬みつくように激しい口づけを落とす。 何が起こっているのかわからずに開かれたままの、アイスブルーの瞳に映る己の酷薄な姿は、とても正視に耐えられず、カノンは目を閉じることでそれを視界から追い出し、震えて逃げる小さな舌を執拗に追いかけ、口腔を犯し続けた。 最後にひときわ強く舌を吸い、下唇を小さく咬んで離れると、氷河はその痛みにようやく我に返った、という顔をした。 カノンはそれをせせら笑って冷たく見下ろす。 「・・・ほら、お前は抵抗などしない。誰でもいいのか?カミュはお前をとんだ淫乱に育てたようだな。」 「・・・っ!!」 震えて揺れていた瞳が、カミュの名を出されて、初めて強い力を放ってカノンを射すくめるように見た。 カノンの厚い筋肉に覆われた体躯の下で、細い躰がようやく暴れはじめる。 だが、やはり痛々しいほどの体格と力の差の前に、その動きは抵抗としての意味をほとんどなさなかった。 バタバタと空を切る足を割って身体を差し入れ、必死で顏を背ける氷河の首筋に、耳にとゆっくりと舌を這わせる。 「いやだ、やめろ、カノン!なんで・・・っ!なんであなたがこんなっ・・・!」 幼さの残る声が涙で揺れるのは、カノンの心も痛んだが、氷河の中の『立派な女神の聖闘士』の虚像がガラガラと崩れる音が聞こえるようで、そのことにだけはカノンは甚く満足した。 何も知らない躰ではないことが、逆に、氷河の抵抗を奪っていた。 必死でカノンの身体を押し戻すように暴れていた氷河だったが、カノンの舌がうなじや鎖骨をなぞるたびに、嫌悪とは言えない色と艶を伴ってひくひくと体を震わせた。 その先を知らないわけではなく、だが、この程度、と流せる程度に慣れてもいない花開く前の蕾が、カノンの巧みな攻め立てに耐えられるはずもなく、次第に白い肌は熱をもって色づき、目尻には屈辱に耐えるためか、それとも抑えきれない悦楽のためか涙が滲み始める。 声をあげまいと必死で唇を咬む様は、やはり抵抗しているというより、誘っているようにしか見えなかった。 これではミロも諦めきれないのは仕方がない。 「氷河、もっと本気で拒絶しろ。できるだろう、お前なら。それともお前はこんなふうに無理矢理犯されるのが好きなのか?」 挑発している、というより、教え諭すような声色で氷河の耳元で囁いた、ちょうどその時、カノンはミロの小宇宙を近くに感じた。 そろそろ帰ってくる頃だと思っていたが好都合だ。 カノンの言葉に躊躇うように瞳を揺らしていた氷河の耳朶を口に含んだまま、今度ははっきりと挑発する。 「どうする?ミロが帰って来たぞ。助けてもらうか?それとも、あいつも混ぜてやればいいのか?俺はどっちでも構わんぞ。」 「・・っ!・・・いや・・・だっ・・・カ・・ミュ・・・カミュ!!」 |
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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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