Chapter1 Societas


 ミロとカノンの姿が消えてから、店の扉に目を向けたままデスマスクは声を潜めて言う。
「気に入ったのか?」
「何のことだい?」
「とぼけるなよ。お前が言い出したんだろうが」
「きみだって飲みたがっていたじゃないか」
 投げて受け取り投げ返す、なんでもない会話。流石にもう十数年にわたる付き合いである。はぐらかすような物言いにも、察しがつかなくてはやっていられない。
「サガの弟だ。どんな男か気になったんだろ?」
 アフロディーテのサガへの傾倒が尋常ではないことを、二人の共犯者は知っていた。少なからず、自分たちにも身に覚えのある感覚だ。それは、蘇った今でも。
「サガが彼のことで苦悩するなら、放っては置けない」
 名が出て少し曇った表情になる。言いよどんだ声は、実は彼らしくない。案外きっぱりとものを言うのだ。この麗しい魚座の聖闘士は。
「似ているだけの紛い物なら、消えて欲しいと思っていたが」
 穏やかでない言葉を言い放つ。しかし。
「合格か?」
 短くシュラが問う。
「彼は外の空気を運んできてくれそうだから」
 咲きほこるような笑みを湛えて、アフロディーテは言葉を紡いだ。

「外ね……」
 彼らはそれでも、知っている方だろう。聖域の外を。
「まあ、いい刺激になってくれれば、とは思うけどな」
「そうだな」
 しばしの沈黙、それからアフロディーテは穏やかに笑った。
「おや。誰のことをいったんだい?」
「そういうお前はどうなんだよ」
 含み笑いを浮かべながら、半分ほどに減っていたグラスを持ち上げる。他の二人もそれに倣った。
「聖域に、ということにしておこう」
 新たな聖域の仲間に。
 杯を乾かす。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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