Some time before chapter Dear friend


 天蠍宮の入口近い階段で、はるか上に位置する教皇の間へと目をやる。西からさす夕暮れ時の赤く変わりゆく太陽の方へ、つと顔をむけながら、友の名を呟く。
 第八の宮の守護者であるミロは、口に出したこと自体、ほとんど意識していなかった。彼にとって、それはもはや口癖のようなもので、大した意味を持たない。彼の地の友人への想いを自ら忘れてしまわぬため、そして誰かに語りかけたいという無意識の思いがそうさせているにすぎない。自分への問いかけであり、いいかえれば独り言であり、違いがあるとするなら、相手をもてば自ら答えを出さなくてよいということ。返らないと知る問いかけに、答えを突きつけられることはない。
 なあ、カミュよ。
 幼い頃は色々なことを話した。友が遠くシベリアに行ってから、機会は減った。会えば昔のように元に戻りはするが、物理的な距離は遠い。思う以上に遠い。ふと何かを話したい時、たとえば今日の空は青いとかそんな些細なこと。そばにいなければ、いなければそれで、言わなくてもいいこと。そのうち、そばにいても、言わなくてもいいかと思うことが増えていく。
 行方不明の雑兵が増えた。デスマスクはいつもどこかに行って、いない。シュラは笑わなくなった。いや、前からか。アフロディーテは微笑んでいる。いつも。いつも。
 わざわざ彼の地に赴いてまで言うようなことでもない。誰かを捕まえて語るようなこともない。
 平穏だ。生温いくらいに。
 迷いはない。来るべき戦いに向けて。この聖域を、女神を守る。天蠍宮を守護する黄金聖闘士なのだ。自問するまでもない。揺らぐはずもない。
 何でもないような。何かがうごめいているような。
 ――だから。遠い友に向かって呟くのだ。

 なあ、カミュよ。

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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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