白雪カノンと7人のミロ(4)何日か、森の中をさまよいました。いろいろな木の葉っぱ、そよぐ風のにおい、流れる川のせせらぎ、どれをとっても、カノンには、懐かしく感じられました。カノンは、重い身体を引きずって、とがった石の上を飛び越え、いばらの中をつきぬけて、森の奥の方へと、進んでゆきました。木の実や果物で空腹を満たし、川の水で口をすすぎました。森のけものたちが、カノンのそばを、いぶかしげに駆けすぎてゆきます。カノンは、足の続くかぎり歩き続け、とうとう一軒の小さな家を、見つけました。 その家は、とても小さな家でした。誰の家ともわかりません。傷を負ったカノンには、これ以上、進むことは難しそうでした。すこしだけ、疲れを休めようと思って、カノンは中へと入ります。入口の扉が、ぎいっと音をたてました。中は薄暗く、一歩踏み込むと、床からふわっと埃が舞います。空き家なのでしょうか。カノンは、灯りに手をのばしました。ぱっとあたりが明るくなり、光に照らされますと、部屋のまん中に、ひとつの白い布をかけたテーブルがあるのがわかりました。上には、七つの小さなお皿があり、またそのひとつひとつには、小さなスプーンに、ナイフに、フォークがつけてあって、さらに七つの小さなカップが、おいてありました。どうやら、誰かが住んでいるようです。 カノンは、どうしたものかと、考え込みました。身体はたいへん疲れておりますので、すぐにでも食事をとって、眠ってしまいたいくらいです。なのに、この家のありさまといったら! 掃除も炊事も洗濯も、まともにやっているとは思えないほど、乱れきっていました。ふっと吹けば舞い上がる床の埃、洗い物はながしに積んでありますし、洗濯物はかごの中に放り込まれたままです。あげくのはてに、窓枠には蜘蛛の巣まではっていました。この家の住人は、いったいどんな生活をしているのでしょう。カノンは、軽く、めまいがいたしました。 ふうっと大きなためいきをついてから、カノンは、意を決して、暖炉の脇に立てかけてあったほうきを、手にとりました。雑巾とバケツも揃っております。まずは、テーブルの上をはたき、食器をぴかぴかに磨きました。床をほうきではらったあとは、雑巾がけと、窓の掃除です。窓の枠にはっていた蜘蛛の巣はとりはらい、主の蜘蛛は潰してしまおうかと思いましたが、慈悲の心でお外に逃してやりました。ここまでくると、さらに完璧に、きれいにしてしまいたい気持ちが出てきました。もともとカノンは、かならずしも整理好きというわけではありませんでしたが、うっかり夢中になると、とことんやりすぎてしまうきらいがあったのです。洗濯物は、ごしごし洗ってものほしにつるしました。あたりはうす暗くなっておりましたが、文句はいわせません。溜め込んでおく方が、悪いのです。暖炉のすすをとり、煙突の中まで掃除をし終わったころには、とっぷりと日が暮れておりました。 家の中は、見違えるほど、きれいになりました。かわりに、カノンはすすだらけの埃だらけです。カノンは、汚れを落とし、傷を清めるために、浴室を借りることにいたしました。シャワーの位置は低く、浴槽は小さくて、カノンは頭を屈め、長い手足を折るのに一苦労せねばなりませんでしたが、贅沢はいっていられません。救急箱から、包帯とぬりぐすりを拝借して、傷の応急処置をしたところで、やっと人心地がつきました。 カノンは、たいへんおなかがすいて、おまけにのども乾いていました。家を片づけた礼に、すこしばかりの食べ物と飲み物をもらったところで、罰はあたらないだろう。カノンは、そう思って、食卓の上を改めて眺めました。テーブルの上には、いわしの缶詰めと、かたくなったパンと、ぬるくなった水のボトルが、無造作においてありました。いったいどうすれば、この食事で、スプーンとナイフとフォークが必要になるのか、カノンにはさっぱりわかりませんでしたが、それを問いただすべき家の主は、未だに帰ってこないのです。 カノンはあきらめて、缶詰めに手をのばしますが、肝腎の缶切りがないではありませんか。重い腰をあげて、台所へと向かいますと、案の定と申しますか、缶切りがどこにあるのか、皆目見当がつきません。仕方がないので、ほかに食べられるものはないかと、あまり期待をせずに、食糧庫らしき扉を開けてみますと、まあ、どうでしょう! 予想に反して、さまざまな食材が詰め込まれています。 まずは、はちみつの瓶とチーズを見つけました。新鮮な林檎もあります。パンとバターもありました。これだけで、空腹を満たすのには十分でしょう。カノンはすこし考えてから、さらに、いくつかの野菜を取り出しました。せっかくならば、身体を温めるものがほしいと思ったからです。さいわい、じゃがいもとにんじん、かぶ、タマネギを見つけました。それから、熟成されていた豚肉を取り出しました。ぐつぐつと鍋で煮込めば、温かいスープができあがります。おいしそうなにおいが、お鍋から漂ってきます。ハーブで香りづけをして、最後は塩と胡椒で味を整えます。小皿にとって味見をしてから、カノンは満足そうに頷きました。 カノンは、七つのお皿にスープをよそいました。パンはこんがりとやき、はちみつとバターを添えます。チーズは三種類を選んでとりわけました。林檎は皮をむいて、二切れずつ、ガラスの小皿に盛って並べました。最後に、コップに温めたミルクにブランデーを一滴加えると、すっかり食卓の準備が整いました。ただで家を使わせてもらう、せめてもの恩返しです。最初は、そういうつもりはまったくなく、やっているうちに、すっかり夢中になってしまっただけなのですが、カノンは気にしませんでした。もともと、細かいことを気にするような質ではないのです。 こうして、立派な食事の支度ができたところで、カノンは自分の分をとりわけるのを忘れていたことに気がつきました。お皿は七つだけ、余分はありません。カノンは、たった今盛りつけた小さなお皿から、すこしずつ、分けてもらうことにいたしました。ブランデー入りのミルクをのむと、身体がぽかぽかと温かくなってまいりました。 カノンは、たいへん疲れておりましたから、おなかが満たされると、すぐさま眠たくなってきました。重い足どりを引きずって二階にあがってみますと、ベッドが七つ、すこし間をおいて、順々に並べてありました。その上には、白い麻の敷布が敷いてありました。 カノンはひとつのベッドに入ってみました。けれども、ちょうどうまく身体にあいません。どれもこれも、カノンには小さすぎます。一番おしまいの、七番目のベッドが、なんとか身を潜り込ませるだけの大きさでした。ベッドに入ると、急に疲れがどっと押し寄せてきて、そのままカノンは、ぐっすりと眠ってしまいました。 |
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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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