白雪カノンと7人のミロ(5)あたりがまっ暗になったころに、この小さな家の主たちが帰ってきました。ひとり、ふたり、三人、四人、五人、六人、七人。小さな七つの影は、家に近づきますと、すぐに異変に気がつきました。煙突から煙が立ち昇り、家の中にはこうこうと明かりが灯っているのですから。遠巻きに家を取り囲み、どうするか協議をはじめようとしたとき、ひとりがすっくと立ち上がって、まっすぐ家へ向かい、バンと扉を開け放ちました。ほかの六人は、びっくりいたしましたが、やってしまったものは仕方ありません。急いであとに続きます。中から、最初に飛び出したひとりが呼ぶ声が聞こえます。 「おい、いえのようすがおかしいぞ」 どうやら、中もずいぶんとさまがわりしているようです。家の中に入った七人は、みんなではっと息をのみました。床ははかれていて、ちりひとつ、埃ひとつありません。窓はピカピカで、蜘蛛はどこかに逃げていってしまったようです。そして、なんとご飯の準備がされているではありませんか。 誰かが、中にいるということは、すぐにわかりました。ひとり目が、まず口をひらいて、いいました。 「だれかが、おれのいすにこしをかけたようだ」 すると、ふたり目もいいました。 「だれか、おれのさらにスープをよそったものがいるぞ」 三人目が続きます。 「そのスープを、だれかが、おれのさらから、すこしたべていった!」 「パンがこんがりやかれている。だれかが、バターをぬったのだ」 「バターは、おれのナイフできったようだな」 「チーズとりんごもきられているぞ。りんごのうさぎをつくれるやつだ。あなどれん」 四番目、五番目、六番目がめいめい声をあげて、最後に七番目が締めくくりました。 「おれのコップでのんだものがいるぞ。あたたかいミルクだ。からだがあたたまる」 「おい、えたいのしれぬものを、そうやすやすと、口にするな」 四番目が渋い顔をしましたが、幸せそうにミルクを飲み干した七番目には、通じそうにありません。三番目も、すでにスープに口をつけたところでした。本当のところ、みんな、食べ物に興味津々で、おなかがぐーぐーなっています。そのまま食卓に根を生やしてしまいそうなところを、ひとり目が号令をかけ、まずは侵入者の捜索をすることになりました。一階をくまなく探しますと、いたるところに、誰かのいた跡が残っています。実に大胆不敵な賊ではありませんか。けれども、当の本人が見当たりません。それから、二階にあがり、ほうぼうを見回したところで、寝室に人のいる気配がありました。 「だれかが、おれのベッドに入りこんだのだ」 ひとりが叫ぶと、ほかの六人も、寝室へと駆けつけてきました。 「おれのベッドにも、だれかがねたぞ」 ベッドのくぼんだ跡をそれぞれが確認してゆきます。そうして、ようやく、七番目のベッドの中に、眠っているカノンを見つけました。七つのランプをもってきて、そーっとカノンを照らしました。 照らされたカノンは、うーん、と唸り声をあげて、目を覚ましました。すっかり寝入ってしまっていたのです。見回すと、くりくりとまんまるい青い瞳が十と四つ、カノンの方を見つめていました。カノンを警戒して、ぱちくりと目を瞬かせている七人でしたが、七対目の瞳の持ち主が不意に口を開きました。 「おまえ、ずいぶんとうつくしいな」 十二個の瞳が、一斉にそちら向きました。 「そんなことをいっているばあいか」 四対目の瞳が応じます。 「しかし、うつくしいにはちがいあるまい」 七対目の瞳は堪えた様子がありません。思ったままを口にしているようでした。 「うつくしい。が、それと、しんようできるかは、べつもんだいだ」 二対目の瞳が、もっともなことをいいました。 「かってに入ってきたやつを、しんようなどできるか。ただちにおれがせいばいしてくれる」 三対目の瞳がきっとまなじりをあげます。 「まて、なにかわけありなのかもしれん。はなしをきいてからでも遅くはあるまい」 それを、六対目が制しました。 「ちょっとさしてみればいいのではないか。いたければ、しょうじきにはなすかもしれん」 物騒なことをいい出したのは、五対目の瞳です。 カノンは、大声で笑い出してしまいました。なんともまとまりのない七人です。なりはそっくりなのに、まるで違うのでした。 主たちというのは、七人の小人でありました。小人と申しましたが、そういってしまってよいものか、悩ましいところです。青い大きな瞳はぱっちりと、くるくるくるくるよくまわり、まなじりは猫のようにきりりとあがっています。全身はふかふかの濃い金色の毛で覆われ、太陽の恵みをいっぱいに浴びた稲穂のように、きらきら輝いておりました。カノンは、どこかで見たことがあるような気がしましたが、思い出せませんでした。金糸のてっぺんには、同じく金色の小さな冠がちょんとのっかっております。そして、数珠のように連なった尾がのびていました。ランプを掲げる指先には、赤く鋭い爪がついております。刺されたら痛そうだと、カノンは思いました。しかし、それにしても、恐れを抱くには、なにやら可愛らしすぎるのでした。小人というよりも、なにかの動物か、妖精みたいなものに、カノンには見えました。 六番目の小人が、赤い爪をにゅっとのばしましたので、カノンは慌てて首を振りました。刺されてはたまりません。 「俺は怪しいものではない。勝手に家に入って悪かった」 めいめいがくちぐちにしゃべり出したところで、一番目の小人が「まて」といいました。 「はなしをきいてみぬことには、なにごともわかるまい。まずは、こいつのはなしをきいてみるのだ」 小さいのに、実に立派な、堂々とした態度です。姿形のせいで、どうしても威厳に欠けるのは、たいへん残念なことでした。 「おまえ、名はなんというのだ」 一番目の小人は、カノンの目をまっすぐ見て、問いました。古めかしいしゃべり方をする小人たちです。それに、礼儀を重んじるようでした。小さいもの扱いするようでは信頼されまいと、カノンは、すぐに思い、真面目な顔をつくって答えました。 「俺の名は、カノンという」 「カノンか」 小人たちはくちぐちに、カノンの名を呼びました。なにやら、こそばゆい感じがします。 「次は、お前たちの番だ」 カノンはいいました。 「お前たちの名前はなんというのだ」 うむ、と一番目が頷いて答えました。 「おれの名はみろという」 次に、二番目がいいました。 「おれの名はみろだ」 カノンは首を傾げました。三番目の小人が続きます。 「おれの名はみろ」 すかさず四番目が顔を出します。 「おれはみろだ」 「おれはみろ」 「みろだ」 「みろ」 カノンは、首を捻りました。 「みろ」 「なんだ」 全員が一斉に答えました。どうやらみんな、みろという名のようです。 「わかりにくいな」 「だが、おれたちはみな、みろなのだ」 全員が声を揃えて答えました。 カノンは、しばらく思案しました。七人のみろは、みんな青い目とふかふかの金色の毛と、赤い爪をもっていました。みんな双子、いや、ななつごのようにそっくりです。けれども、ようく見ていると、七人はそれぞれ、やっぱり、すこしずつ違っているのでした。 カノンは順々に、みろたちの目をのぞき込んで、話しかけました。一番目のみろは堂々とカノンを見返してきます。最初に、カノンに話しかけてきたのも彼でした。 「お前がみんなのリーダーか。誇り高く、自信があると見えるな。自信は大事だ。卑屈はなにも生まないからな。だが、過剰なのは考えものだ。己と敵の力量を正しく見定めてこそ、正しい選択ができる。自信には、過分も不足も禁物だ。お前はすこし、過剰気味か? いいんだ。なぜかはわからんが、お前はそれでちょうど良い気がする」 次にカノンは、二番目のみろに向き直りました。 「お前は真面目な性格のようだ。生真面目すぎると、いわれないか? 俺には到底ないものだ。融通ってものを覚えれば、もうすこし、肩の力がぬけるのにな。それは、ほかのやつの役目か。それもいい」 三番目のみろは、今にも、カノンに飛びかかりそうです。ぽんと膝に上にのっけると、じたばた暴れましたが、軽くいなしてカノンはいいました。 「お前は、まっすぐだな。大方、いつも、一番はじめに飛び出してゆくのだろう。思い切りは大事だな。それで道が開けることは、よくあることだ。が、ときには、周りを見回した方がいいかもしれんぞ。思わぬ足もとを掬われることもある。くれぐれも、足もとにだけは気をつけろよ。転ばないようにな」 暴れる三番目のみろを解放して、かわりに四番目のみろを膝に乗せます。 「お前は、逆に冷静だ。さっきから俺のことを、じっくり観察しているだろう。俺が本当に信用できるやつなのか、見極めようとしているな。わかっている。お前がいるから、みなが猪突猛進に井戸に落ちずにすんでいるのだな。例え話だ。お前たちが井戸に落ちるといっているわけじゃない。なに、落ちたのか。それは三番目の勢いが良すぎたな。笑ってないぞ。笑っていない。爪を出すな。その赤いのを引っこめろ、みろ。お前たちじゃない。五番目のお前だ。本当にややこしいな。お前とは、なんとなく相性が良さそうな気もするが……いや、こちらの話だ。気にするな。とにかく、お前とは、うまくやれそうな気がするな。だが、当面、その爪で刺すのは勘弁してくれ」 途中から飛び上がってきた五番目と、四番目を、ともに下におろし、カノンは六番目のみろの前に、膝を折りました。 「お前は、たぶん、俺の恩人だ。お前のような者に、俺は助けられてきた。信じてもらえることが、ときには悪人の心も変えることがあるのだ。俺のように、な。だが、情だけでは騙されることもある。四番目のあいつのいうことを、よく聞いておけ。それから、三番目の直感は、わりと当たっている。これは俺の勘だがな」 最後に、カノンは、七番目のみろの瞳を見つめました。七番目のみろは、同じくらい透き通った目で、じっと見つめ返してきます。 「それでお前。お前が一番心配なんだが……。素直すぎて照れるぞ。なに、美しいといわれていやなやつはいない。ほかの連中が、みんな素直じゃなさそうだからな。フッ、これも役割分担というやつか。お前たちは、つくづく、七人揃って良いバランスだ」 一通りしゃべり終わってから、カノンはしまったと思いました。調子にのりすぎたかもしれません。そろそろと、みろたちを見回すと、一番目のみろと目が合いました。 「おまえ、おもしろいことをいうな」 感心したようにいって、みろたちは、きゃっきゃと指をさしあいました。どうやら、気に入られたようです。カノンは、ほっとして、続けてみろたちに尋ねました。 「ところで、お前たちは、こんなところで、こんなに遅くまで、なにをやっているんだ?」 みろたちは、大きな青い瞳をくるくるまわして、互いの顔を見合わせました。 「おれたちは、なくしたものを、さがしているのだ」 みろたちは、背負っていたかごの中身を、カノンに見せてくれました。かごの中には、金色の小さな欠片がいくつも入っていました。カノンには、それがなんだか、わかりませんでした。みろたちは、毎日、山の中に入り込んで、金色の小さな欠片を、選り分けたり、掘り出したりして、集めているというのです。 「おまえは、どうして、おれたちのいえに入ってきたのだ」 今度は、みろたちが、カノンに聞きました。カノンは、森で迷って途方に暮れているときに、この家を見つけたのだと答えました。疲れていたので、一晩貸してもらった。黙って眠ってしまったのは悪かった、と。 二番目のミロが、なにかいいたげな顔をしましたが、六番目のみろがそれを遮りました。 「おまえ、これから、どうするつもりだ」 カノンは口ごもりました。 「おまえ、けがをしているな」 カノンが答える前に、五番目のみろが口を開きました。 「おれたちは、このようにからだが小さい。だいどころのだいにとどかないのだ」 「だんろの中に入ると、かみのけにすすがくっついてしまうのだ」 「おまえのつくっためしは、わるくなかった」 「もしも、おまえが、おれたちのいえの中のしごとをひきうけて、しょくじもじゅんびし、せんたくや、そうじをする気があるならば、きずがいえるまで、ここにいてもかまわんぞ」 一番目のみろが、そういって、カノンをじっと見ました。 カノンは、考えました。いずれ、ゆかねばならないでしょう。しかし、カノンは、少しでも、そのときを先にのばしたい気もするのでした。なにより、お城にゆくためには、傷が癒え切っていません。 みろたちのこの小さいなりでは、家事をこなすのは、さぞかしたいへんなことでしょう。カノンには小さな家でも、ミロたちには、大きすぎるのです。交換条件は、悪い話ではありません。カノンは、みろたちの提案をのむことにいたしました。 カノンは、情をかけられたことに、気がついていました。みろたちは、カノンがわけありだということを、ちゃんと察していたのです。こんなに小さくても、とても懐の深い、優しい小人たちなのです。 こうしてカノンは、しばらくみろたちの家に、厄介になることとなりました。みろたちは、毎朝、山に入り込んで、金色の欠片を探しては、夜になると、家に帰ってきました。カノンは、そのときまでに、ご飯の支度をして、掃除、洗濯をこなしておきます。帰ってきたみろたちは、葉っぱや土ぼこりやらを、モップのように集めてしまっておりましたので、どぼんと井戸の中に投げ込んで、ざぶざぶ洗ってやりました。みろたちは、まっ赤になって怒りましたが、豊かな金の毛は、乾かしてしばらくすると、良い石鹸のにおいがして、つやつやの手触りになりましたので、文句をいわなくなりました。カノンは、ときにはアップルパイもつくりました。みろたちは、カノンのつくるアップルパイを、たいそう気に入りました。 あるとき、カノンは、みろに尋ねました。お前たちが集めてくるその金色の欠片は、いったいなんなのだ、と。すると、みろは答えました。 「おれたちは、せかいじゅうにちらばった、おれたちのかけらをさがしているのだ」 「お前たちの欠片だと?」 カノンは聞き返しました。 「そうだ。おれたちは、ばらばらになってしまった足りないぶぶんを、あつめているのだ。だが、これだけあつめても、どうしても、まだ、なにかが足りないらしい。それがなにか、おれたちにはわからないのだ」 カノンは、にわかには信じられませんでした。 「お前たちは、いったいなにものなんだ?」 カノンが疑問を口にしますと、みろたちはそれぞれが首を振りました。 「お前たちは、自分がなにものかわかっていないのか?」 カノンの問いに、逆に聞き返したみろがおりました。 「ならば、おまえはわかっているのか?」 カノンは答えようとして、とどまりました。 「そうだな、本当に、自分がなにものかを知っているものなど、神以外、この世にいないのかもしれんな」 カノンは、そういって、みろたちの髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわしました。みろたちは抵抗しましたが、力ではカノンに敵いません。お返しに、赤い爪でちくっとやるのです。 「だが、みろ」 カノンは、険しい顔をつくりました。刺されたところが痛かったからではありません。 「探し物に夢中になるのはかまわんが、その小さいなりで、毎日、夜中に帰ってくるのは感心せんな。抱えられれば、簡単に連れ去られてしまうくらいの大きさなのだぞ。かどかわしにでもあったらどうする」 「おれたちは、そんなへまはせん」 自信家のみろは、折れそうにありません。 「だが、あまり遅くては、せっかく食事をつくっても、冷めてしまうぞ」 みろたちは、会議をひらきました。それは困るという結論に落ち着いたようです。このように、カノンは、みろたちに明るいうちに帰ってくよう、約束させました。 「おまえのほうこそ、気をつけるのだぞ。うつくしいものをねらったやからがおおいからな」 昼間、カノンは、たったひとりで、留守をしています。カノンは笑いました。こう見えても、カノンは、泣く子も黙る屈強の戦士なのです。 「カノン、おれたちがるすのときは、ぜったいにこのいえの中に、しらぬにんげんをいれるなよ」 みろたちがあまりに真剣なので、カノンは約束しました。 「わかった。お前たちがいないときには、絶対に、この家に知らぬ人間をいれない」 そうして、幾日かがすぎてゆきました。カノンの傷は癒え、動くのに不自由することはなくなりました。みろたちとの生活は、楽しいものでした。ですが、カノンの顔は、日に日に曇ってゆくのでした。 ときどき、ぼうっと森の外を眺めているカノンに、ひとりのみろが尋ねました。 「なにか気がかりなことでもあるのか」 「そうだな……」 カノンはうっすらと笑って答えましたが、その先を続けることは、ありませんでした。 |
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Open 2012.5.28 / Renewal 2015.11.22
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